つながりから生まれる、
集いの海辺未来へつなぐ、ひと。


仙台市若林区藤塚地区は、かつてはのどかな田園に囲まれた集落があり、閖上地区との渡し舟や貞山運河による舟運でにぎわいを見せていた地域でした。東日本大震災による津波で甚大な被害を受け、集団移転跡地となって誰一人住めなくなってしまったこの地区に、再び人々が集える空間をつくるため誕生したのが「アクアイグニス仙台」です。「治する・食する・育む」をコンセプトとした食・農・温泉の複合施設で支配人を務める平間雅孝さんに、オープンまでの道のりと施設の現在の様子、今後のビジョンについてお話をお聞きしました。
防災集団移転跡地を活用し
藤塚地区のにぎわい創出を牽引

「アクアイグニス仙台」がオープンしたのは2022年4月。仙台市が実施する東部沿岸地域における集団移転跡地利活用事業の一環として始まり、藤塚地区のにぎわいを取り戻す「復興のシンボル」として位置付けられた。現在、敷地内には温泉やマルシェ、レストランなど7棟の建物が建てられている。海岸や干潟を望む高台の温泉に浸かってゆっくりと「湯治」し、豊かな自然環境から生まれた旬の食材を「食」し、新たな方法で食材を「育む」。地産地消をめざした施設には、たくさんのこだわりが詰まっている。
平間さんがアクアイグニス仙台にやってきたのはオープンする1年前のこと。法人を主な顧客対象とする営業職を務めた前職での経験もあり、期待された役割は出店するテナントの募集だった。長年ホテルマンとしてキャリアを重ねてきた平間さんにとっては、最も挑戦的な1年だったかもしれない。「現在、マルシェでは、地場の野菜や県内の特産品などを中心に取り扱っていますが、もともとは肉や魚なども扱う予定でした。出店してくださる企業を探しに、北は南三陸町から南は亘理町まで駆け回りましたね」と当時を振り返る平間さん。しかし入社から3か月が経過しても芳しい結果は出せず、計画の変更を余儀なくされた。都内を中心に全国にチェーン店を展開する本格コーヒーが自慢のカフェ「猿田彦珈琲」の出店が決まったのは、2021年の年末。オープンまで残り4か月を切っていたため、内装工事は急ピッチで進めなければならなかった。
「紆余曲折はありましたが、なんとか予定していた日にオープンすることができました。準備期間中にお世話になった地元の消防署とは現在もつながりがあり、毎年施設内のイベントスペースでは小学生たちがつくる防災ポスターの展示を行っています」。

「治する・食する・育む」施設で
ラグジュアリーな時間を体験

アクアイグニス仙台が提供する温泉「藤塚の湯」は地下1000メートルから湧出しており、塩分を含みよく温まる塩化物泉の特徴と、肌を滑らかにしてくれる炭酸水素塩泉の特徴を併せ持つ。分かりやすく言えば「美肌の湯」ということ。潮風を感じられる半露天のロケーションは、海に面した土地だからこそ味わえるぜいたくな魅力がある。
そしてこの「美肌の湯」の成分を直接肌に染み込ませることのできる化粧水が東北大学の有志学生チームによって企画・開発され、今年2月にマルシェでの販売を開始した。「アクアイグニス仙台が独自に行う大学生向けの地域課題解決型プログラムの一環として、東北大学の学生12人からアイデアを募り、そのアイデアを形にするプロジェクトを2021年12月から実施してきました。背景にあるのは、若者の都市部への流出です。やりたいことができる環境が地方都市にもたくさんあるということを知ってもらうきっかけになってほしいという想いから始まりました」と平間さん。プロジェクトは一段落したものの、他大学や地元の高校生を対象に何かできないか、と常に模索している。

温泉と並んで特徴的なのが、パティシエの辻口博啓氏をはじめ、イタリアンの日髙良実氏、和食の笠原将弘氏といった名だたるシェフが監修するレストランとパティスリーだ。「いずれの店舗でも東北・宮城の食材を使用することを重視しています。年に4回はシェフ自ら来仙し、使用している食材の生産農家を巡るツアーや、目の前で調理するパフォーマンス付きの食事会などが開催されており、毎回人気を博しています」。※辻口氏の「辻」の漢字表記は一点しんにょうです。
現在特に力を入れているのが、辻口シェフ監修のベーカリー部門だ。冷凍のパン生地は使わず、小麦から練って作り上げることに徹底的にこだわっているという。「ものづくりに対しては実直でありたい」という職人の気質が反映されている。
温泉設備など施設内にあるさまざまな設備は、排熱や地中熱を回収して生成した熱エネルギーを循環利用している。施設コンセプト「育む」を象徴する農業用ハウスもまた、このエネルギーを活用している設備の一つ。栽培しているのは2種類のミニトマトと1種類の中玉トマト。平間さん曰く、「隣接するマルシェで販売することを前提に生産しているため、完熟ぎりぎりまでハウスで育てることができる」という。完熟トマトの濃厚な甘さは、ぜひ実食にてお試しあれ。

地域のために、地域とともに
連携したまちづくりのあり方を模索

アクアイグニス仙台の役目は人々に「癒やし」を届けることだけではない。被災した東部沿岸地域、とりわけ藤塚地区のにぎわいを取り戻すことが大きなミッションの一つだ。そのため「地域に根ざした施設であること」を何より大切にしている。イベントスペースの貸し出しはその一環であり、ポスターやパネル展示などが頻繁に開催されている。温泉やサウナで整った後の休憩室としても利用することができるので、温泉に来た人たちが展示を通して地域のことを知るきっかけにもなる。
平間さんによれば、「新型コロナウイルス感染症が流行した際に地元の吹奏楽部による発表会の会場として貸し出したこともあります」とのこと。広大な敷地を生かすことで、ソーシャルディスタンスに気を付けつつ、地域の人々を集めて子どもたちに発表の機会を提供することができたという。
2017年から募集を開始した防災集団移転跡地の利活用事業については2023年までに全ての地区で利活用を希望する事業者が決定し、2024年に移転跡地利活用事業者連絡協議会が発足した。アクアイグニス仙台では、オープン以来「公共交通機関がない」「街灯がない」「避難場所である仙台市立六郷小学校までの距離が遠い」といった、防災の観点での難題を抱えている。「避難の際は原則徒歩移動ですが、避難所となっている小学校までは約3キロ。大人でも歩いたら40分以上はかかります。子どもや高齢者には厳しいですし、遠方から来た方や外国人の方は小学校までの道のりが分かりづらい」と、避難誘導の難しさを語る。これは沿岸地域全体に共通して言えることであり、「連携して立ち向かっていかなければならない」と平間さんは強調する。
「利活用事業に参入する事業者が一体となり、地域住民とともに地域連合体として地域整備のあり方を検討していくことが今後の大きな課題です。一方施設単体としても、温泉やマルシェを基盤にレストランやスイーツ・ベーカリー系のさらなる底上げを図り、活性化につなげていけたらと考えています」。

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