Special 特集

つながりから生まれる、
集いの海辺未来へつなぐ、ひと。

震災を語り継ぐ 全長1,000kmを超える 「みちのく潮風トレイル」
「NPO法人みちのくトレイルクラブ」事務局 板谷 学さん
Interview

歩く旅をすることで、風景と記憶、人と人がつながっていく――。青森県八戸市から福島県相馬市までの太平洋沿岸をつなぐ「みちのく潮風トレイル」。青森、岩手、宮城、福島の4県29市町村を通るこのトレイルの魅力や情報を発信し、歩く人と地域をつなぐ交流拠点として設置されたのが「みちのく潮風トレイル 名取トレイルセンター」です。センター長の板谷学さんに、トレイルの特徴や課題、可能性、そして施設の役割について伺いました。

東北太平洋沿岸に設定された
ロングトレイル

「みちのく潮風トレイル」は、東日本大震災の復興に資するため、環境省が策定した、三陸復興国立公園の創設を核とした「グリーン復興プロジェクト」の取り組みの一つ。東北太平洋沿岸の1,000kmを超えるロングトレイルは、2019年に全線開通し、多くのハイカーたちに親しまれている。このトレイル全線の管理・運営を担うのが「認定NPO法人みちのくトレイルクラブ」だ。トレイルのルートは、市町村単位でのべ200回くらいワークショップを重ね、地元の人たちと一緒に、みちのく潮風トレイルのハイカーに歩いてほしい場所を織り込み策定された。

「みちのく潮風トレイルは、日本におけるロングトレイルの第一人者と呼ばれる作家の故・加藤則芳氏が東日本大震災発生直後に環境省に赴き『被災した東北太平洋岸にトレイルを作るべきだ』と提言し、取り組みがスタートしました。名取トレイルセンター館内には、2013年にこの世を去った加藤氏を紹介する展示コーナーもあります」。
現在名取トレイルセンターのセンター長を務める板谷学さんが説明する。
板谷さんは東京出身で、震災当時は名古屋でアパレル関係の仕事をしていた。
「名古屋は地震の影響が少ない場所でした。生活に大きな不自由もなく、ボランティアに参加することもせず過ごしていたことに、何か後ろめたさを感じていました」。

歩くことで震災と向き合う
「みちのく潮風トレイル」

その後、58歳の時に前職を希望退職し、第二の人生を模索している時に「みちのく潮風トレイル」の存在を知ったという。
「震災と向き合える機会だと思いました。しかし、チャレンジを決意した2019年秋は大型台風の影響でトレイル各所が被害を受け、道が寸断された状態になりました。歩くのを諦めかけていたところ、ハイカー仲間から被害状況を確認する調査に参加しないかとの声がかかり、岩手県の一部を調査員として歩かせてもらいました」。
その後、板谷さんはトレイルの安全が確認され迂回路等も設定された2019年の晩秋に、北の起終点青森県八戸市をスタートし、47日間かけて全線を踏破した。

「みちのく潮風トレイル」の大きな魅力は、東北太平洋沿岸ならではの変化に富んだ風景にある。ダイナミックなリアス海岸や、静かな里山の風景、森や川、漁村の暮らし——。歩いていると、それらが次々と目の前に現れる。
「歩くスピードで旅をすると車や電車では気づけない風景に出会う事が出来ます。東北の豊かな自然、雄大な景色は感動的でした。しかしそれだけではなく、震災の被害の大きさ、そこからの復興の力強さに気づき、感じたり考えたりする事も出来ました。
各地の震災遺構を訪れ、地元の方たちと交流し、慰霊碑に手を合わせながら歩いた経験はとても貴重なものでした。自分がやりたかったことはこれだったのだ、と思いました」。

その後、現在の上司の誘いを受け、東京から名取市への移住を決断、「認定NPO法人みちのくトレイルクラブ」の職員となった。こうして、トレイルを歩くハイカーの立場から“支える”側としてトレイルに関わる第二の人生がスタートした。

ロングトレイルの魅力を発信し、
震災を語り継ぐ

「みちのく潮風トレイル」の沿線地域では年に2回ブロックごとに地域連絡会を開催。各自治体や関係団体との情報共有や連携体制の強化にも努めている。
「各地域で継続して取り組んでいただけるよう、トレイルの整備状況や各地域での取り組みについて情報を共有しています。歩く人が減少すれば自然歩道は廃れてしまうので、常に広域連携で情報を共有し発信をしていくことが大切です」。

板谷さんがセンター長を務める「名取トレイルセンター」は、「みちのく潮風トレイル」の情報発信拠点であると同時に、地域の人々と歩く人たちの交流の場でもある。
「毎年4月に地元閖上の方たちにもご協力をいただきながら『トレイルデイズ』というイベントを開催しています。ハイキング文化を発信するトークイベント、ワークショップに加えて、お振る舞いや和太鼓演奏、また地域の清掃活動への参加など、『みちのく潮風トレイル』ファンのハイカーと地元の方たちが交流出来る温かいイベントを目指しています。『名取トレイルセンター』もそんな交流が生まれる温かい施設にしたいと考えています」。

近年は低山ブームで、初心者や装備の不十分なハイカーの増加も課題となっている。板谷さんは「みちのく潮風トレイル」にも同じ課題を感じていて、より分かりやすい安全面の情報発信に力を入れていきたい考えだ。
「名取トレイルセンターでは、安全に歩くための準備や情報を丁寧に伝えています。同時に、歩きたいという気持ちを持ってくれる人を増やしていきたい。また、いつかは全線を通して歩いてほしいですね。全線を踏破することで実感できることもあると思うのです。特別な準備をして臨むその経験は、人生を豊かにしてくれると信じています」。
自然とともにある震災を語り継ぐ道は、歩く人が思い出を刻む道でもある。

 

「NPO法人みちのくトレイルクラブ」事務局
「みちのく潮風トレイル 名取トレイルセンター」センター長
板谷 学さん

東京都出身。アパレル関係の会社を経て2019年、みちのく潮風トレイル全線踏破し、2020年名取市に移住し「NPO法人みちのくトレイルクラブ」職員に転職。2021年から「みちのく潮風トレイル名取トレイルセンター」センター長を務める。2023年、アメリカ「Pacific Crest Trail」(4,265km)に挑戦、6ヶ月かけて全線踏破した。

ほかのインタビューを読む

  • 「NPO法人みちのくトレイルクラブ」事務局 板谷 学さん
    震災を語り継ぐ 全長1,000kmを超える 「みちのく潮風トレイル」
  • アクアイグニス仙台 支配人 平間 雅孝さん
    可能性は無限大 新たな一歩を踏み出す藤塚に 癒やしとにぎわいを
  • 「フカヌマビーチクリーン」事務局 庄子 隆弘さん
    きっかけとしての 海岸清掃活動 「深沼ビーチクリーン」
  • 新浜町内会 副会長「みんなの家」管理人
    平山 一男さん 
    貞山運河倶楽部 上原 啓五さん アーティスト 佐々 瞬さん
    小屋=アート作品 新浜・貞山運河に秘められた ランドアートの可能性