つながりから生まれる、
集いの海辺未来へつなぐ、ひと。
「やまやシーサイドパーク」(向洋海浜公園)で毎年開催されている「仙台新港マスターズ」。日本サーフィン
連盟(NSA)の公認大会として2010年にスタートしました。大会の開催に尽力し、仙台新港マスターズ実行委員
会会長を務めてきた鈴木達さんは、安心してサーフィンができる環境整備やサーフポイントの保全活動を行って
います。開催の経緯やサーフィンへの想い、今後の展望について語っていただきました。
地元サーファーたちの
レベルアップを⽬指して

仙台新港は仙台塩釜港の堤防から南側に広がるビーチ一帯を指し、地元では「新港」とも呼ばれサーファーたちを中心に親しまれている。1年を通してコンスタントに波があり、波質はパワフルで中・上級者向けのポイントが多いことから、プロ・アマチュア問わずさまざまな大会が開催されてきた。「NSA」はアマチュアサーフィン団体で、サーフィン人口の裾野を広げる活動とともに競技会を主催。公認大会はNSAの公認ジャッジが審査を担当し、サーファーのスキル向上と競技レベルの底上げを目的としている。「仙台新港マスターズ」はまさに仙台のサーフィンのレベルアップを目指してスタートした。
「メジャーサーフスポットになるにはエンジョイサーフィンだけでなく、スポーツとしてのサーフィンの発展が重要なんです」と語るのは、仙台新港マスターズ実行委員会会長を務める鈴木達さん。60代で現役のサーファーでもある鈴木さんは、20代の頃から各地の大会に出場し、中央と仙台のレベルの差を感じてきたという。
「40年くらい前、仙台も含めて東北では波に沿って体を横向きにして進む基本的な動作で乗る人がほとんどでした。しかし、千葉や湘南あたりではボードを使って加速したりスピードをコントロールしたり、リズムを作ったりする縦の動きと、横乗りを組み合わせたサーフィンをしていたんです」。違いを知るには見せることが必要と考えた鈴木さんは、仙台新港マスターズの開催前から競技会を通してレベルアップを図ろうと開催に向けて奔走。「以前、名取市の閖上で開催した時は千葉や湘南からもトップクラスの選手が200人くらい集まりました。当時としては異例の規模でしたね」。
親しんできた「仙台新港」を
自分たちの手で蘇らせる

その後もスポーツ競技としてのサーフィンのレベルアップを図る活動を続けてきた鈴木さん。仙台新港マスターズもそうした取り組みの一つで、実行委員会会長として大会を盛り上げ、2010年に向洋海浜公園の整備完成に合わせ、記念すべき第1回大会を開催した。
しかし、翌年に起こった東日本大震災の影響で2011年と2012年は開催中止に。巨大津波によりビーチには無数のコンテナが流れ着き、砂浜に面する崖に設けられた階段はえぐられ、崖の上に整備された向洋海浜公園は立入禁止の状態となった。蒲生地区は震災後の復興計画で災害危険区域となり、住人は移転を余儀なくされた。ずっと蒲生に住んでいた鈴木さんは「やはり、ふるさとの海を何とかしたいと思いましたね。転居した地域の方や多くのサーファーたちも同じ想いでした。しばらくして、NSAの宮城仙台支部や地元サーフショップ、プロサーファーなど仙台新港のサーフィンコミュニティと、地域住民が一体となり公園や海岸の清掃活動が始まったんです」と振り返る。
海辺の環境を守る活動と並行して、鈴木さんが取り組んだのは仙台のサーファーたちの練習環境を整えること。
「新港が閉鎖していてもサーフィンの大会は毎年各地で開催されますからね。練習場所の確保は重要課題でした」。石巻エリアの野蒜や浜市にポイントがあり、そこのローカルサーファーに受け入れをお願いしたという。地元色の強いポイントでもあり、駐車場の確保もあわせてルールとマナーの徹底を約束し、若いサーファーの練習環境を守った。
「仙台新港マスターズ」の再開と
継続するサーフィン環境の整備

仙台新港マスターズは2013年に再開した。「正直、慰霊の場所で賑やかな大会を開いて良いのだろうかという気持ちもありました。以前の町内会の方々にもお話ししたところ『元気をもらえるから、ぜひ開催してほしい』と言ってくださって…」。地域に背中を押してもらう形で鈴木さんは開催を決断。仙台新港マスターズは東日本大震災復興祈願チャリティーコンテストとして開催され、全国から200名を超えるサーファーが参加した。震災で大きな被害を受けた仙台新港のサーフィンコミュニティを再興し、地元のサーファーたちの希望となる大会だったようだ。
とは言え、海岸も公園もまだまだ復興途上の状態だった。多くのサーファーや地域住民たちが大会再開後もそれぞれビーチクリーンを継続。鈴木さんは仙台新港マスターズの名前で登録し、独自のボランティア活動を行ってきた。
「まずは海を利用しているサーファーたちに声を掛けながら不便なことや要望などを聞きましたね。また、不法投棄物が散乱していたので県に報告して処理してもらったり、トイレを整備してもらってこちらでトイレットペーパーなどの管理を行ったり、駐車場の白線を引いてくれるよう連絡したり…。それから刈払機での定期的な草刈りも欠かせません」。
2018年からは公園に桜の植樹を行うなど、一般のボランティアが動きにくい部分を率先して取り組んでいる。
大会と海を支える裏方の仕事を精力的に行うのには理由がある。「仙台新港マスターズが開催される前ですが、あるカメラマンがサーフィンの撮影に訪れた時、『新港のビーチは汚いな』と言われましてね。その言葉が心に刺さって活動の原動力になっています」。

向洋海浜公園は2024年4月からネーミングライツの採用により「やまやシーサイドパーク」の愛称で呼ばれている。株式会社やまやは、震災後、継続的にビーチクリーンを行っている地域やサーファーの方々の活動を支援するためネーミングライツに応募した。向洋海浜公園のネーミングライツは、毎年仙台新港マスターズのスポンサー集めに奔走する鈴木さんの働き掛けによるものだ。 「大会のビジョンは、スポーツとしてのサーフィンの発展、地域貢献、環境保全。東京オリンピック以降、子どもたちの参加も増えています。次世代を担うサーファーのため、仙台を日本のメジャーサーフスポットにしたい」と活動を続けている。

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