Special 特集

つながりから生まれる、
集いの海辺未来へつなぐ、ひと。

震災遺構を通して 荒浜地区の 日常の記憶を伝える
川村 敬太さん 赤間 昭英さん
震災遺構 仙台市立荒浜小学校 貴田 恵さん 庄子 智香子さん
Interview

東日本大震災で児童や教職員、住民ら320人が避難し、津波が2階まで達した仙台市立荒浜小学校は、津波による犠牲を再び出さないため、その脅威と教訓を後世に伝える震災遺構として、2017年に開館しました。
その役割を担う職員の中には、荒浜地区に住まわれていた方や卒業生、区役所に勤めていた方などがおり、経歴はさまざまです。今回4人の職員に、ガイドになった経緯や活動に対する想い、来館者に伝えたいことなどを伺いました。 

「語り部」ではなく、 
「ガイド」であることを意識 

「語り部」ではなく「ガイド」である。荒浜小学校の職員たちは自らの役割について、口をそろえる。 
当時、荒浜小学校5年生の児童の保護者貴田恵さんは「最初に庄子さんから職員を募集しているよと声を掛けていただいたときはお断りしたんです。自分の経験や想いを語ることに違和感があって…」と話す。しかし、実際の業務内容が個人的な体験談を語るのではなく、震災当時の荒浜の様子を事実として伝えることだと知り、業務を引き受けた。小学校の卒業生で、開館2年目から勤務する川村敬太さんも同様に、語り部との違いを強く意識している。「語り部は聞き手に共感を促すニュアンスがありますよね。でも荒浜小学校での役割は、事実と客観的な情報を提供することが重要だと思うんです」と話す。仮設住宅で自治会役員を勤めた経験を持つ庄子智香子さんは開館当時から勤務。「個人的な震災の恐怖体験を語るのではなく、事実を伝える役割なので受け入れやすかった」と振り返る。当時、若林区役所職員だった赤間昭英さんはさらに踏み込む。「荒浜小学校はあくまで学習の場です。同情を促して話すことが学びにつながるかと言えば、そうではない」と言い切る。 
荒浜地区の模型で自宅を指しながら説明することもあるが、それはあくまで事実の補足である。荒浜小学校では、誰が説明しても同じ情報を伝えることを重視している。震災の学習の場として、来館者が確かな知識を持ち帰ることが目的だからだ。

増え続ける来館者 
時代の変化にも柔軟に対応 

荒浜小学校の来館者数は、他の震災関連施設が来館者減少に悩む中、むしろ増加傾向にある。「ほぼ毎日予約が入り、午前中はだいたい小学校の団体見学で埋まりますね」。仙台市内には110校以上の市立小学校があるが、毎年必ず荒浜小学校を訪れることになっているという。県外からの来館も多く、修学旅行シーズンには連日満杯で新たな予約を受けられないほどの状況になるそうだ。「近年は海外からの来館者も増えましたね。自衛隊や警察、消防など防災に関わる団体見学も増加しています」。 
荒浜小学校がこれほど多くの来館者を集める理由は何なのか。「アクセスの良さが挙げられると思います。地下鉄やバスを利用できるし、仙台国際空港からも近いので旅行の行程に組みやすいのでしょう」と口々に話す。 

見学の所要時間は約1時間で、17分間の映像視聴を含めて構成されている。小学生向けの映像は、時代の変化に合わせて内容が見直された。「津波の映像に恐怖を感じる子どもが増えたため、現在は当時の子どもたちの様子を中心にした内容へと変更しています。恐怖心ではなく、津波から命を守ることを理解してもらうことが大切なんです」。廊下の壁には多くの感想が掲示されている。熱心に聞く子どもたちの姿や見学者の声は、職員たちにとって大きなやりがいとなっているようだ。

知ってほしいのは「被害」ではなく 
そこにあった「荒浜の日常」

職員たちが来館者に知ってほしいのは、荒浜小学校は震災の悲惨さだけを伝える施設ではないということだ。「荒浜地区は“かわいそうな集落”ではありません。地域のつながりや、子どもたちの笑顔があり、日常の暮らしが存在していました。震災遺構の展示からその記憶を感じ取り、自分たちの暮らしと重ね考えるきっかけにしてほしい」。それは荒浜に縁のある職員たちの共通の願いだ。小学校の屋上から見渡せる360度の景色も、重要な展示の一部である。 

4人の職員はガイドとしての役割に今後どう向き合おうと考えているのか。 
川村さんは「小学校が残る限り、ここで働きたいです」と、静かな口調から積み重ねてきたガイドとしての時間への責任がにじむ。庄子さんもまた、「後に続く方がいれば引き継ぎますが、今は自分の役割を果たしていきたい」と自らの立場を冷静に見つめる。貴田さんは「この場所の記憶を途切れさせたくない。もう少し続けていきます」と話す。赤間さんは「特別な情熱というよりも、体が続く限りやろうと思っています」と、少し違う表現を選んだ。日常の延長として続けていくという。 
東日本大震災から15年。記憶の風化と向き合いながら、4人は変わらず来館者を迎えている。語り部ではなく、過去と未来をつなぐ震災遺構のガイドとして。


震災遺構
 仙台市立荒浜小学校

貴田
 恵さん

20186月から任用。震災当時、荒浜小学校の図書事務として務めていた。震災時は家族とともに荒浜小学校に避難した

庄子 智香子さん 

開館当初の2017年4月
から任用。荒浜出身荒浜育ち。震災直後から仮設住宅の自治会役員を務める。荒浜の自宅跡地は「海辺の図書館」として地域の方などが集う場所
 

川村
 敬太さん
 

2018
年4月から任用。荒浜小学校の出身東日本大震災後、荒浜小学校七郷中学校の卒業生を中心に立ち上がった団体「HOPE FOR project」の活動にも携わっている。

赤間
 昭英さん
 


2022
年9月から任用。仙台市職員OB震災当時は若林区まちづくり推進課に所属。発災時は広報車で沿岸部に向かっていた。 

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